香港行 2

2011年11月12日 旅行
香港行 2
香港行 2
香港行 2
午後に現地到着し、冷房効き杉の極寒レストランで晩飯を食ったのち。
レストランの入った建物の横はすぐ海で、対岸に半島が、正面に香港島の高層建築物が見えるロケーションであった。
夜景を眺めながら、シンフォニーオブライツが始まる20時を待つ。
シンフォニーオブライツとは、20:00から13分間、半島と島の両側のビルの電飾やサーチライトが音楽に合わせてmovingする照明ショーである。
基本毎日開催。台風が来たときや旧正月以外は休まずやってるらしい。さすが観光都市。たった13分とはいえ、電気代もかなりかかるらしい。協賛企業の広告費で賄っているらしいが。
ほへ~と13分見入る。メイン高層建築はかなり参加しているが、もちろんすべての一般ビルが参加しているわけではない。また海を挟んで香港島と半島と開催地が分かれている。また、香港島はもともと昔からぎゅうぎゅうに高層ビルが密集していたが、半島側は旧空港が廃止になって建物の高さ規制が解除されてから徐々に高層ビル化が進んだり、埋め立てでウォーターフロントに高層ビルが点在していることもあって島側より若干高層ビルの密度が薄い。そんなわけで、サーチライトがグルングルんしていたり、ビルの側面を光の色模様が波打ち駆け上がったりと中々派手ではあるが、密度感はそれほどでもない。
ただ、ショーが無くてもビル群の夜景はハンパないので、海沿いからボーっと眺め見上げるのは中々良いものであった。
画像1は香港島側の夜景。半島側の写真は取り忘れた。

夜景観賞ののち、ホテルに帰還。渋滞が酷かった。香港島側は官公庁やビジネス街がメインである。マンションの類もあるが、住居としては半島側の方が多いようで、丁度香港島にあるレストランから半島側のホテルの道はラッシュアワーのまっただ中であった。平日だしなー
9時か10時にホテルに戻った。3人部屋なので順番に風呂に入っていると時間もかかるし、一番語学力的に頼りになる姐さんは酒が1滴も飲めないタイプなので、「バーでいっぱいやりますか」という流れにもならなかった。
そのまま就寝モードな雰囲気であったが、その日の極寒レストランで身も心もガチガチに凍てつき震え上がった私は、身にまとうものを探しに出ることにした。
といっても、ネイザンロードだの女人街まで一人で繰り出す度胸はなく。ホテルの近場をうろつき、服屋発見。1軒目はちょっと入って眺めてたら店員がすぐさま寄ってきて中国語でバーッと話しかけられ、「あーうー」してたら英語に切り替えてバーッと話しかけてきた。英語ということはわかったが、さっぱりわからん。いや、サイズがどうとか色がどうとか言ってるのはわかったが、何をどう返せばわからん。うろたえまくって
「じ、じゃすと るっきんぐ! 」
店員は、チッと舌打ちして奥へ戻って行った。…いや、気に入ったら買うかもしれんし、舌打ちとかすんなお。香港人こあいお
ここで心が折れそうになったが、2日目も姐さんがちょっと高級っぽい飯屋の予約を入れていたので、また冷房地獄に泣きをみることは確定だった。正直、香港には飯を食いに来たといっても過言ではないので、せっかくのお高い料理なのに冷房のせいで飯の味がわからんぐらいgkbrというのは非常に悔しい。
よって、くじけず次の店に行ってみた。
2軒目は打って変わって放置状態であった。一緒に店にいった嬢とあれこれ見て、羽織ってみたりとかしても店員寄りつくところが、そもそも店内に店員がいるのかもわからん(店の構造がL字型で、奥の方に人が居そうな気配はあったが出てこない)。そこでゆっくり検討。デザインとか見栄えは度外視し、ただ「暖かい」という点を最重要選定項目とした結果、ショールのようなストールのようなカーデガンのような、よくわからん形状だがウールでとにかく暖かい代物を購入した。そこで購入する際も、手にブツを持って店の奥に行って店員を捕まえたのはいいが、なんか早口で話しかけられて「あーうー」してたら、店員がちょっとイラッ☆とした感じで「This one?」と言ってきたので「でぃすわん、でぃすわん」阿呆のようにコクコク頷いて無事購入できた。
しかし結構高かった。日本円で5~6000円だけど、嬢に「これ、日本なら1~2000ぐらいで買えるんじゃ」とか言われてちょっと凹んだ。
まぁ、いい。香港滞在中に凍えず飯が食えればいいんだ…いいんだ……

ホテルに戻ってその日のミッション終了。しかし、嬢が(まぁ、同期だが学卒なので年下ではあるが、リアル年齢は嬢という年でもないのだが)夜、ベッドに寝ころびながらTVを見るのには閉口した。
TVを見る習慣がないし、明るかったり音が出ている環境では眠くても寝付けないのでちょっとイライラした。
が、そんなこんなではありながら気が付くと寝ていた。

10/29(土)
翌朝、起床5時前。前夜、いつになく早寝してしまったので眼が冴えてしまったのだ。仕方がないので、ライティング机の照明を絞って本を読んで時間を潰した。飛行機の中とこの朝の読書タイムで持参した宮部みゆきの「誰か」と「チヨ子」を読了。それはさておき、7時半に目覚ましが鳴って同行者起床。
2日目は2手に分かれる。当初のもくろみ通りブランドショップ巡りに萌える姐さんは、一人ぶらぶらショッピングタイム。「買い物は別にー」な嬢と私は1日観光のオプショナルツアーを入れていた。観光組の2人は朝早めに集合なので、朝食はホテルの朝食バイキングを利用した。
和洋中充実しており、よくあるシェフがその場で作ってくれるメニューも、卵料理だけでなく麺料理版もあった。各種の麺からお好みを選び、スープとトッピングを選んでMy麺を作ってくれるというもので、非常に心惹かれたので言語的な壁はあったがチャレンジしてみた。指差しとザパニーズスマイルで無事麺をゲット。その他、粥や点心も旨かった。洋コーナーのバゲットなどのハードパンやデニッシュ系も実にうまそうであったが、麺で腹がいっぱいになってしまったので断念。
充実した朝食を終え、嬢の支度が整うのを待ってツアーの集合場所までダッシュした。しかし女の身支度というものは実に時間がかかるものなのだなぁと嬢を見ていて思った。旅行先で気合が入っていたのかもしれんが、小一時間化粧していた。私には理解できん世界だ。まぁ、時間に間に合ったし個人の時間の使い方なんぞ自由だからどうでもいいが。

で、集合場所で他の参加者と一緒に小型バスに乗り込んで1日観光スタート。
今日のツアーのガイドさんは40~50才ぐらいの女性であった。
道中、香港アレコレ事情を語る語る。聞こうと思えば十分理解できる日本語であったが、やはりネイティブ日本語ではないのでボーッとしていると発音等で中々頭に入らない。しかし渋滞で車の動きも遅いので、車窓から外を眺めつつガイド氏の話に耳を傾ける。
そう、渋滞である。
昨日、レストラン&夜景のツアーの男性ガイド氏は「平日だから、この時間どうしても渋滞します」と言っていたが、今日は土曜日では?
「香港では、土曜は半日出勤の人、多いです」
ああ、昔のニポンの半ドン、みたなもんすか。そういえば自分が小学校の頃は土曜日は確かに半日だった。しかし中高の土曜日がどうたったかは全く覚えていない。中高も土曜半日だったような気がするが、どうだったかな。30年以上昔のことなど忘れた。
まぁ、それはともかく。土曜も出勤ですか。だから朝も渋滞と。納得。
道の途中で真新しくドデカイ高層建築(真ん中になぜか空間が開いている)を通った。これはマンションらしい。
ガイド氏「超高級マンション、いや、億ションですねー」
空き物件があるわけではないが、夜に見ると明かりがついている部屋は存外少ないらしい。というのも、大陸の中国人の金持ちが財テク代わりに購入して塩漬けにしているケースが多いので物件としては売れていても実際に住んでいる人はそれほどでもないとのこと。大陸の金持ちはハンパないからなぁ。
また、バスが駅の横を通った時、
ガイド氏「あと〇年(具体年数忘れた)したら、香港から上海(ひょっとしたら北京だったかも)に〇時間で着く高速鉄道ができます」
…高速鉄道って……あれか? 橋から落ちたら埋められちゃうやつ?と思ったが、黙って聞いていたら、
ガイド氏「でも、香港人はそんな鉄道に大金かけるより、福祉に力入れてもらいたいです」
とのこと。まぁ、これはこのガイド氏の私見ではあるが。中国は社会福祉が非常に…まぁ…アレらしい。早朝の公園で老人たちが太極拳に励んでいるのも、「お上は助けてくれないから、自助努力で自分の健康は自分で保つしかない」という理由もあるのだとか。
日本もこの先年金はどうなるかわからん(私らの世代はたぶんまともにもらえないんだろうなぁとは覚悟はしている)のだが、公的なセーフティーネットにはなから期待できない国に生きるということが、中国人のメンタリティ(シビアさや利己的な面)に影響を及ぼしているのではないかと思った。
自分は直接外国とかかわる仕事はしてないが、担当者を介して原材料の品質関係でアレコレ問い合わせをする機会はある。美味しい仕事には非常に協力的であるが、利益が減ると手のひらを返してケンモホロロ、的な対応はよくある。まぁ、これは中国に限ったことではないんだろうが、日本企業だとそれまでの付き合いがどうだとかもうちょっと湿っぽいやり取りがあるが、アッチはもう手のひらの返し方があからさまだなぁと思うことが無いでもない。

また話が脱線したが。
のろのろと海の下をくぐる地下トンネルを抜け、小型バスは半島から香港島に入る。
ビクトリア公園沿いの道を、これまた渋滞に巻き込まれながらゆっくりとバスは通る。
公園にやや浅黒く鼻の丸いポリネシア系の顔立ちの女性たちが集まり、芝生の上に車座になって座ってお茶したり話し込んだりしている。
ガイド氏によると「フィリピン人メイドです。週末はメイドはお休みなので、ああやって公園で集まって過ごします」とのこと。そりゃ休みだからといって店に入って遊んでたら本国に送金する金が溜まらんし、公園はタダなので休日は公園で同国人同士集まって過ごすわけね。ガイド氏いわく、今、〇年在住(何年かは聞いたけど忘れた)のメイドに永住権(?だったかな? 国籍だったか?これも忘れた)を与えるように法律を改正するよう外国人メイドがデモしたり社会運動を行っているとのこと。
ガイド氏「そうなったら最低賃金が上がります。私もメイドさん雇っているので困りますねー」とのこと。うーん、色々難しいっすね。
公園には、車座に談笑するメイドさんたちだけでなく、同国人と思われる浅黒い鼻の丸いポリネシアン系の若い男性も多く集まっていた。そりゃ、若いメイド多いし、同国人ならナンパには絶好のスポットだろうなぁ。車座メイド女子会だけでなく、向かい合って座ってお互いの髪など触りながら仲睦まじげにイチャイチャしている男女カポーなども見かけた。いやー青春ですな。

ぎっしりと詰まった建築物や狭い道を抜け、最初は文武廟へ(画像2,3)
文神と武神が祭られた寺である。武神は三国志の関羽で、まぁこれは横浜中華街にも廟があるし有名。文神の方は文昌帝君だが、これも関羽同様前身は人らしいが知らない。今ググってみた。

http://mabosis.blog132.fc2.com/blog-entry-16.html
>名前は「張亞子」といい、中国の晉時代「四川七曲山」というところに住んでいた。
>張亞子はとても親孝行な人であっただけでなく、知識が豊富な人だから、地元で学校の先生になった。
>そして、政府の官吏もした。
>しかし、悪い人に謀られ、武将に任命されてしまい、戦場で殺されてしまった。
>このことを知った中国の玉帝は張亞子をほめ、神様の地位を授け、今の「文昌帝君」になった。

とのこと。謀られて非業の死を遂げた後、学業の神に祭り上げられるというと、日本の菅原道真を想起させる経歴である。
学業の神さまであるので受験生(および、むしろ、その親がメインか)がお参りにくるスポットなのだとか。
とりあえず次回のTOIECで470点の壁を突破できますようにと線香を捧げて祈ってきた。

次項はピークトラムでビクトリアピークに昇ったの巻。


今日のトレーニング記録
ステッパー65分(6500ステップ)
腕立て30×2
ヒップレイズ50×2
クランチ50×2

根性がなくて3セットできなかった。まぁ、休日だし無理はしないのだ。

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